Doo Wop to Soul!Little Anthony & The Imperials

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Little Anthony & The Imperials 『25 Greatest Hits』 ♪本文末に関連動画有

■ 今回は、'50年代後半にドゥー・ワップ史に残る名作バラード「Tears on My Pillow」を歌ったドゥー・ワップ・グループ、Little Anthony & The Imperialsを紹介したいと思います。

リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズはスタート地点こそドゥー・ワップですが、'60年代半ば以降はソウル・グループとしていくつものヒットを放って活躍し、結成後半世紀ほど経った現在でもほぼオリジナル・メンバーで活動し続けている数少ないヴォーカル・グループの一つです。また、リード・ヴォーカルを務めるリトル・アンソニーの見事なファルセットを前面に押し出した彼らの甘美なコーラス・スタイルは、'60年代後半以降のソウル・ミュージックにも少なからず影響を与えており、とりわけThe Delfonics等を典型とするスウィート・ソウルと呼ばれるジャンルにおいてはそのルーツと言っても過言ではありません。リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズは黒人音楽の歴史の中でそれ位重要なグループなのです。

彼らのプロフィールは後述するとして、まずはCDを紹介しておきます。

CD:[試聴/amazon]
25 Greatest Hitsリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズに関してはその活動期間も長く、ドゥー・ワップ時代・ソウル時代共にいくつものヒット曲を持っているためそれなりの種類のCDが発売されています。その様な中でまず入門用としておすすめなのが『25 Greatest Hits』。
内容は、彼らの活動期間中最も重要な2つの時期、すなわちデビューから'60年代初頭までのドゥー・ワップ時代と'60年代中期から後期にかけてヒットを連発したソウル時代におけるヒット曲と代表曲を集めたものとなっています。収録曲数はタイトルの通り25曲で、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの'60年代までのチャート・ヒットで本盤に収録されていない曲は、'66年の「It's Not the Same」(全米92位)のみ。

リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの聴き所は、やはりリトル・アンソニーの一撃必殺絶品ファルセットとエモーショナルなヴォーカルに絡む、初期のドゥー・ワップ・コーラスやより洗練されたソウル・コーラスが織りなすロマンティックなバラードと言えるでしょう。ただし、数少ないアップ・テンポ・ナンバーの中にも躍動感みなぎる名作を有するのも事実。本盤にはそれら両方のスタイルが含まれているのでそれぞれの魅力を存分に味わう事が出来ます。

(収録曲目)
01 Tears on My Pillow('58年全米4位、R&B2位)
Little Anthony & The Imperialsの最大のヒット曲として知られるEndからの1stシングルで、Doo Wop史に残る傑作バラード。The Penguinsのヒット曲「Earth Angel」('54年全米8位、R&B1位)の影響を窺わせるコーラスとメロディーにのせて展開する、失恋の痛手と今でも忘れられない元恋人への想いを綴った切ない歌詞が胸に沁みます(Little Anthonyがラストで聴かせる嘆き節も絶妙)。さすがに名曲だけあってこの曲は数多くのアーティストにカヴァーされていますが、主な所で映画『グリース』('78年)の中で歌われたSha Na Naの絶品カヴァーやLittle Anthony本人がゲスト参加したNew Editionのカヴァー('86年『Under the Blue Moon』)、そして一番有名と思われるKylie Minogueのモダンでポップなカヴァー('89年全英1位)等があります。ちなみにNew Edition盤(『Under the Blue Moon』)では、曲の途中で歌に参加したLittle AnthonyをNew EditionのメンバーがLittle Richardと言ったりするコミカルな掛け合いが楽しい演出となっています。
02 Two People in the World('58年)
前曲のB面で発表されたDoo Wopグループ時代におけるLittle Anthony & The Imperialsの最高傑作とも称されるErnest Wright Jr.(2ndテナー)のペンによる恋愛賛歌。個人的にもLittle Anthony & The Imperialsの曲の中で最も好きな曲の一つで、バック・コーラスとの調和も究極的なLittle Anthonyの艶を帯びたファルセットと感情を滲ませた熱唱が大絶品のDoo Wopバラードに仕上がっています。この曲のカヴァー盤では、The Marcelsが唯一のオリジナル・アルバム『Blue Moon』('61年)で披露したベース・ヴォーカルを強調したヴァージョンが秀逸。その他Paul & Paulaの甘いデュエットによるエヴァーグリーン・カヴァー等もあります('63年『Paul & Paula Sing for Young Lovers』)。
03 So Much('58年全米87位、R&B24位)
Endから2ndシングルとして発表された「Tears on My Pillow」路線の曲で、Little Anthonyが情感たっぷりに歌う「君が望むなら山をも動かし、大海をも泳いで越える」といった最高にロマンティックな歌詞がハートを直撃する絶品Doo Wopバラード。
04 The Diary('59年)
この曲は作者であるNeil Sedakaのヒット曲('58年14位)として有名なナンバーですが、元々はNeil SedakaがLittle Anthony & The Imperialsのために「Tears On My Pillow」の次のシングル曲として提供したもの。Little Anthony & The Imperialsが録音自体は済ませていたものの次作として前曲を発表したため、急遽Neil Sedakaが自ら録音して発表したといういわくつきの曲(Endでの3枚目)。もちろん曲自体は最高なのですが、完璧なNeil Sedaka盤の印象が強いためか子供っぽく歌ったLittle Anthony & The Imperials盤はノン・ヒットに終わっています。
05 It's Not for Me(未発表)
Little Anthony & The Imperialsの後の音楽性を暗示するかの様な少しSoul色を感じさせるバラードで、当時未発表に終わったのが信じられない知られざる佳曲。それにしてもLittle Anthonyの感情の込め方はいつ聴いても上手いものです。
06 Wishful Thinking('59年全米79位)
2度目の大ヒットを狙って「Tears on My Pillow」を書いたSylvester BradfordとAl Lewisのコンビの作品を再度取り上げたもの(Endでの4枚目)。曲調や歌詞のテーマ、そしてLittle Anthonyの子供っぽい歌い方までもが「Tears on My Pillow」を連想させるセンチメンタルな名曲なのですが、そこが返って「Tears on My Pillow」の二番煎じと捉えられたのか、残念ながら思った程の大ヒットを記録できませんでした。ちなみにSylvester BradfordはDoo WopグループThe Suburbansのメンバーだった人物で、Al LewisはFats Dominoが大ヒットさせた「Blueberry Hill」('56年全米2位、R&B1位、オリジナルはSammy Kaye Orchestraの'40年盤)の作者として知られており、この2人による共作曲には他にGene Vincent & His Blue Capsの「Right Now」('59年)等があります。
07 A Prayer and a Juke Box('59年全米81位)
Popな仕上がりのバラード曲(Endでの5枚目)。
08 I'm Alright('59年)
「So Near and Yet So Far」とのカップリングで発表されたEndからの6thシングルで、ゴスペルの影響を強く受けたホットなナンバーになっています。それもそのはず、この躍動感に満ちた曲でLittle Anthonyとの共作者として名を連ねているのは、ゴスペル界から転身した天才SoulシンガーSam Cookeですから。もちろん高音ヴォイスで熱唱するLittle Anthonyの歌も聴きもの。
09 Shimmy, Shimmy, Ko-Ko-Bop('59年全米24位、R&B14位)
独特のリズムがクセになりそうなノヴェルティ・タッチのヒット曲(Endでの7枚目)。
10 My Empty Room('60年全米86位)
穏やかな歌い出しとは裏腹に、Little Anthonyがサビ部分で感情を爆発させるかの様なダイナミックな歌唱を聴かせる隠れた名曲(Endでの8枚目)。
11 I'm Taking a Vacation from Love('60年)
Endから9thシングルとして発表されたLittle Anthony & The ImperialsにしてはPops色が濃い異色のナンバー。ちなみに、このConnie Francis辺りが歌っても不思議でない曲で作者の一人に名を連ねるHelen MillerはAldon Music所属のソングライターで、同僚のHoward Greenfieldとの共作としてBobby Veeの「Charms」('63年全米13位)やThe Shirellesの「Foolish Little Girl」」('63年全米4位、R&B9位)、Gene Pitney の「It Hurts to Be in Love」('64年全米7位)等珠玉の60's Popsヒットを世に送り出しています。
12 Please Say You Want Me('61年)
ニューヨーク出身のキッズ・グループ、The Schoolboysの傑作Doo Wopバラード('56年R&B13位)を忠実にカヴァーしたものですが、時折子供っぽい歌唱を聴かせていたLittle Anthonyにピッタリの選曲と言った所でしょうか(Endでの12枚目)。
13 Traveling Stranger('61年)
3パート・ハーモニーが効果的に用いられているためか、近年多くのDoo Wopグループに歌い継がれているドライヴ感あふれる名作Doo Wop。元々はLittle Anthony & The Imperialsの1stアルバム『We Are The Imperials Featuring Little Anthony』('59年)に収録されていた曲を2年程経ってシングル・カットしたもので(Endでの13枚目)、Little AnthonyとErnest Wright Jr.による共作曲。
14 I'm on the Outside (Looking in) ('64年全米15位)
時代に適応するかの様に完全にSoulグループとしての方向性を打ち出したLittle Anthony & The ImperialsのDCPからの1stシングル。タイトなバック・コーラスに絡むLittle Anthonyのエモーショナルな歌唱が見事にハマっています。
15 Goin' Out of My Head('64年全米6位)
Little Anthony & The ImperialsのDoo Wop時代の代表曲が「Tears on My Pillow」ならばSoul時代の代表曲はこれ。静かな歌い出しからは予想もつかないサビ部分の盛り上がりが胸を締め付けます(DCPでの2枚目)。
16 Hurt So Bad('65年全米10位、R&B3位)
前曲の流れを引き継ぎつつさらにドラマティックな展開をみせたDCPからの3rdシングル。後にLinda Ronstadtによるカヴァー・ヴァージョンも大ヒットを記録しています('80年全米8位)。
17 Take Me Back('65年全米16位、R&B15位)
ほのぼのとした雰囲気のスウィートな好曲(DCPでの4枚目)。
18 I Miss You So('65年全米34位、R&B23位)
Jazz系コーラス・グループ、The Cats & The Fiddleの'40年の曲をSoul時代に相応しい洗練されたスタイルでカヴァーしたもの(DCPでの5枚目)。
19 Out of Sight, Out of Mind('69年全米52位、R&B38位)
ヴァージニア出身の名門Doo Wopグループ、The Five Keysが'56年に放ったヒット曲(全米23位、R&B12位)を見事にSoul風味に味付けしてカヴァーしたもの(United Artistsからの1stシングル)。ちなみにこの曲は、R&B歌手のIvory Joe HunterとClyde OtisがPat Booneのために作った曲だったのですが、Pat BooneがレコーディングしなかったのでThe Five Keysが取り上げたという経緯があります。
20 Hurt('65年全米51位)
続いてこちらもSoul風コーラスによるリメイク・ナンバーで、Timi Yuroの'61年の大ヒット曲(全米4位)として知られる曲をカヴァーしたもの(DCPでの6枚目)。ちなみのこの曲のオリジナルは、'54年にR&B8位を記録したRoy Hamilton盤。
21 Ten Commandments of Love('69年全米82位)
本盤におけるSoul時代のリメイク第4弾はThe MoonglowsがHarvey & The Moonglows名義で発表した曲('58年全米22位、R&B9位)のカヴァーで、オリジナルに比べて音的にかなり新しくなった印象を受けます(United Artistsでの2枚目)。
22 Better Use Your Head('66年全米54位)
Veepからの1stシングルとして発表されたリズム・ナンバー。
23 Gonna Fix You Good (Everytime You're Bad)('66年)
チャート入りしなかったのが到底納得できない絶品ナンバーで、Motownサウンドを彷彿とさせるビートとキャッチーなメロディーが心弾ませる隠れた傑作曲(Veepでの2枚目)。
24 I'm Hypnotized('67年全米98位)
Veep時代のマイナー・ヒット曲。
25 Yesterday Has Gone('68年)
Veep時代のPopなシングル曲。


※ その他リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズのおすすめCD

・『For Collectors Only』 
End時代(Doo Wop時代)に的を絞った2枚組
・『The Very Best of Little Anthony & The Imperials』 
'60年代中盤までの曲を集大成した3枚組

※ iTunes Storeリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの曲をダウンロードする場合はこちらでどうぞ(試聴可)。1曲から購入できます。iTunes(無料)がインストールされていない場合は、アプリケーションのダウンロード・ページが開きます。
■ Little Anthony & The Imperialsについて

Little Anthony & The Imperialsのリード・ヴォーカリスト、Little Anthony('40年1月8日生)ことJerome Anthony Gourdine(本名)が最初に参加したドゥー・ワップ・グループは、彼が通うブルックリンのBoys Vocational High Schoolの生徒によって'54年に結成されたThe Dupontsでした。ちなみにグループ名は、メンバーが食料雑貨店で見かけた洗浄剤の缶に記されていた"DUPONT"から取られているそうです。"DUPONT"とは世界的に有名なDu Pont(デュポン)社のことだと思われますが、よく訴えられませんでしたよね。マイナーなグループだったのでデュポン社もその存在に気付かなかったのでしょうか?

The Duponts
Jerome Anthony Gourdine(リード)
William Dockery(テナー)
William Bracey(バリトン)
William Delk(バリトン)

William Dockeryの父がWinley RecordsのオーナーPaul Winleyと知り合いだった関係で、The Dupontsは'56年にWinley Recordsからめでたく「You」(Paul Winley作)でレコード・デビューを飾ります。何とバックを務めたミュージシャンがSam "The Man" Taylor(サックス)、Mickey Baker(ギター)、Dave "Baby" Cortez(ピアノ)、Percy Heath(ベース)、David "Panama" Francis(ドラム)という豪華メンバーだったとというから驚きです。しかし、セッション・メンバーの豪華さとは裏腹に、会社が資金不足のため十分なプロモーションを行なえずヒットするには至りませんでした。
そこで次にThe Dupontsが契約したレーベルがRoyal Roost Recordsでした。レコード契約の経緯は諸説あって、Alan FreedのマネージャーだったJack Hookの紹介だともソングライターOtis Blackwellのツテだとも言われています。いずれにせよThe DupontsはRoyal Roostから「Prove It Tonight」('57年)をリリースします。しかしこれも不発。意気消沈したメンバーはグループを解散してしまいます(一説にはリトル・アンソニーのみが脱退したとも言われています)。なお、リトル・アンソニー不在には変わりありませんが、再結成した?The Dupontsは'58年にRoulette Recordsから最後のシングル「A Screamin' Ball (At Dracula Hall)」/「Half Past Nothing」を発表しています。

一方、The Dupontsを後にしたリトル・アンソニーは今だ音楽への夢をあきらめきれず、心機一転友人のClarence Collins('39or'41年3月17日生)とErnest Wright Jr.('39or'41年8月24日生)が在籍していたドゥー・ワップ・グループ、The Chestersに加入しています。その後間もなくダンス・パーティーで知り合ったThe Cellos(マンハッタン出身)のメンバーの紹介でApollo Recordsと契約し、間髪入れずにリトル・アンソニー作のオリジナル曲「The Fires Burn No More」/「Lift Up Your Head」('57年)を発表。しかし、丁度「Rang Tang Ding Dong (I Am the Japanese Sandman)」('57年全米62位)でブレイクの兆しを見せたThe Cellosの売り出しで忙しかったのか、The ChestersはApolloでも十分なプロモーションを行なってもらえず不発に終わります。

続いてThe Chestersがアプローチした人物がRichard Barrettでした。Richard Barrettはマンハッタンのドゥー・ワップ・グループ、The Valentinesのリード・ヴォーカリストとして知られる人物ですが、End RecordsのオーナーGeorge Goldnerのもとでタレント・スカウト等を行なっていたことでも知られています。ちなみに彼が発掘したグループには女性ドゥー・ワップ・グループの大スター、The Chantelsやキッズ・グループの象徴、Frankie Lymon & The Teenagers等がいます。
The ChestersはRichard Barrettを通じて無事Endと契約を交わす事に成功。何でもThe ChestersはApolloとの契約以前に一度ジョージ・ゴールドナーのオーディションを受けるも、ジョージ・ゴールドナーがあまり彼らにいい印象を持たなかったため不合格となったとも言われていますが、2度目の正直?となって何よりです。

ここからがリトル・アンソニー達の長い栄光の始まりで、ジョージ・ゴールドナーは彼らに第1弾シングルとして「Tears on My Pillow」を用意し、グループ名もThe Imperialsと改名するよう提案します。そして'58年7月、遂にThe Imperials名義でリトル・アンソニーのファルセットをフィーチャーした「Tears on My Pillow」をリリース。なお、このレコードのファースト・プレスでは単にThe Imperialsだったグループ名が、途中からLittle Anthony & The Imperialsに変更された経緯についてはいくつかの説が存在します。一般にはロックン・ロールの父と呼ばれるD.J.のAlan Freedが、自分の番組で毎回彼らをLittle Anthony & The Imperialsと紹介したためそれが公式名称となったといわれていますが、他にもリチャード・ヴァレットの提案だとか、ジョージ・ゴールドナーがグループ名にインパクトを持たせるために決めたとも言われています。

The ImperialsThe Chesters):
Little Anthony(リード)
'61年脱退、'63年復帰
Tracy Lord(1stテナー)
'61年Sammy Strainと交代
Ernest Wright Jr.(2ndテナー)
Clarence Collins(バリトン)
Glouster Rodgers(バス)
'61年脱退

何はともあれ、デビュー・ヒットで人気グループの仲間入りを果たしたLittle Anthony & The Imperialsは、その後も数曲のチャート・ヒットを放ち続けて'50年代いっぱいドゥー・ワップ時代の黄金期を謳歌します。しかし、'60年代に入るとヒットを出せなくなり'61年の暮れにはリトル・アンソニーがソロ・シンガーへ転向すべくグループを脱退し、ほぼ時を同じくしてTracy Lord(代わりにSammy Strainが加入)とGlouster Rodgersもグループを去っていきます。しばらくグループの変動は続き、短い間ニュージャージーのドゥー・ワップ・グループ、The Serenaders出身のGeorge Kerrが在籍した後'62年にKenny Seymourと交代。最終的には'63年にKenny Seymourに代わりリトル・アンソニーがグループに復帰します。
一応メンバー構成が落ち着きを見せた'64年にはDCP Recordsに移籍して2度目の黄金期を迎えます。すなわち、以前から彼らと交流があったTeddy Randazzoのプロデュースにより、完全なソウル・グループとしてヒットを連発するのです。そして'60年代後半以降もメンバーの出入りや入れ替わりはあるものの、今日に至るまでアルバム・リリースやツアー等の活動を継続しています。

■ 今回の無料動画は今日のリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの映像で、彼らのデビュー・シングルとなった2曲のライヴ・パフォーマンスを紹介します。

1曲目がB面にしておくには勿体ない傑作ドゥー・ワップ・バラード「Two People in the World」で、2曲目が言わずと知れた彼らの代表作「Tears on My Pillow」です。正確にいつのライヴ映像かは分かりませんが、リトル・アンソニーは確実に60歳を超えているはず。そう考えるとここでの一点の曇りもないシャープなファルセットや感情を滲ませたヴォーカルは驚異としか言い様がありません。'50年代と同等あるいはそれ以上の歌声!?を聴かせてくれます。加えてバック・コーラスも未だ衰えを感じさせず、本物と言わしめる美しさです。

それでは、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズで「Two People in the World」と「Tears on My Pillow」を続けてどうぞ。

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コメント
この記事へのコメント
大変ご無沙汰しております。
いつもながらとても詳細なレビューには感服するばかりです。(^^)

ドゥーワップからソウル・ミュージックへと変わっていく黒人グループの時代背景は弊ブログでいつもお世話になっている方に教えていただくまでわからなかったのですが、そういった意味ではカーティス・メイフィールドやジェリー・バトラーを輩出したインプレッションズやこのリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズあたりはすごく重要になってくるんですよね(まだわかってないところが多々あるのですが・・・^^;)。

それと挨拶が遅れて申し訳ございませんが、弊ブログへリンクしていただきありがとうございます。こちらからもリンクさせていただきましたので今後ともよろしくお願い致します。(^^)
2008/05/05(月) 18:01 | URL | BYRD #NNxGKCIs[ 編集]
Doo WopとSoul
BYRDさんこんばんは♪

仰る様にインプレッションズは'50年代からかなり明確な形でソウル色を打ち出していたし、ソウル時代に活躍するソロ・アーティストを輩出したという2つの点からソウルの歴史において非常に重要なグループですよね。そのインプレッションズと同じ意味において双璧をなすのがファルコンズでしょうか。

一方、インペリアルズの様に後のソウルへの影響は内包しつつ、完全なドゥー・ワップから出発するも時代の流れに適応してソウル時代にも大活躍し、なおかつ現在まで息の長い活動を続けているのがデルズでしょうか。

どのグループも個性があっていいグループですね。この辺の音楽もBYRDさんのお話をじっくり伺いたい所です。

こちらこそ今後もよろしくお願いします<(_ _)>
2008/05/06(火) 01:27 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
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