The Doo Wop Kids!Frankie Lymon & The Teenagers

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Frankie Lymon & The Teenagers 『25 Greatest Hits』 ♪本文末に関連動画有

■ '50年代以前、音楽はあくまで大人が楽しむものでした。しかし'50年代に入ると、新種の音楽ロックンロール(R&B)がティーンエイジャーの間に蔓延し、彼らを大いに熱狂させます。これに伴ってリスナーであるレコード購買層やパフォーマーであるロックンロール歌手もティーンエイジャーが主役となる訳です。今回は、そうした中で本格的なロックンロール時代が到来した'50年代半ばにシーンに登場し、全米にセンセーションを巻き起こした13歳の天才シンガーFrankie Lymonを擁する10代前半の少年達によるドゥー・ワップ・グループ、Frankie Lymon & The Teenagersを紹介します。

彼ら以前にも'51年のデビュー時メンバー全員が13~14歳だったThe Mello Moods等キッズ・ドゥー・ワップ・グループは存在しましたが、最初に全米チャートで大ヒットを放ってアイドル的存在となり、その後のキッズ・グループの台頭を促した立役者こそ、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズだったのです。
さらに、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの影響は、同時代のキッズ・グループのみにとどまらず、フランキー・ライモンの熱狂的なファンとして知られる60'sガール・グループThe Ronettesのリード・シンガー、Ronnie SpectorVeronica Bennett)や'70年代にソウル界のアイドル・グループとして大活躍したThe Jackson 5にまで広く及んでいます。

フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズのプロフィールは後述するとして、まずはCDを紹介します。

CD:[試聴] [amazon]
25 Hits: Frankie Lymon and Teenagers今回はフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの入門盤として、現在入手しやすく曲数も多めのベスト盤『25 Greatest Hits』をおすすめします。
内容は、'55年のデビュー曲から'57年までのティーンエイジャーズ時代の主要なシングル曲、そして'57年から'61年までのフランキー・ライモンのソロ時代の主要なシングル及びアルバム収録曲で構成された全25曲。ニューヨーク・サウンドと呼ばれたロックンロール時代に相応しいキャッチーで躍動的なアップ・テンポ・ドゥー・ワップや大人顔負けの絶品ハーモニーで迫るドラマティックなドゥー・ワップ・バラード、歌唱力を一段と向上させたフランキー・ライモンがソロで歌ったポピュラー・ソングやロックンロール・カヴァー等々、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの名唱がたっぷり詰まっています。

※ 参考までにフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズのその他の注目CDを記しておきます。

・『The Teenagers For Collectors Only』(中級者用!?)
別ヴァージョンやFrankie Lymon独立後のThe Teenagers音源を含む3枚組
・『The Complete Recordings』(上級者用!?)
Frankie Lymonの死後に発表されたラスト・シングルまで含む5枚組コンプリート集

フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズと言えば、まず何と言ってもフランキー・ライモンの抜群の歌唱力が聴き所でしょう。変声期前のボーイ・ソプラノを武器に、ティーンエイジャーの心情を綴った歌詞を最もストレートかつ力強く表現できた歌手は彼をおいて他にいません。ソロになってからも天性の歌の上手さにさらに磨きがかかり、スタンダード・ナンバーやポップス等を誰にも真似出来ない様な究極の歌い回しで聴かせています。
また、ティーンエイジャーズのドゥー・ワップ・グループとしての実力も超一流で、都会風に洗練された本格的なハーモニーはとても10代半ばの少年達によるものとは思えません。
特にベース・パートのSherman Garnesによる地の底を這うような重低音ヴォイスは圧巻で、The SpanielsGerald Gregoryにも匹敵する大人顔負けの完成度を誇ります。
さらに、こうしたヴォーカル技術を根底にロックンロール時代の躍動をそのまま表現した様な魅力的なサウンドを創出したのが、彼らの楽曲のアレンジを担当したバンド・リーダーJimmy Wrightでした。フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズのアップ・テンポ曲で、自らゴキゲンなサックスを吹きまくっていたジミー・ライトも彼らの魅力を語る時には決して忘れる事の出来ない重要なスタッフです。

'50年代後半に一つの流行スタイルとなったキッズ・ドゥー・ワップを聴くなら、まずはフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズから入ってみることを強くおすすめします。本格的なハーモニーはそのままに、大人のドゥー・ワップの魅力とはまた違った、若さみなぎるエネルギッシュなドゥー・ワップを堪能できます!

(収録曲目)
※ 15~21、23~25はFrankie Lymonのソロ作品

01 Why Do Fools Fall In Love('55年全米6位、R&B1位)   
The Teenagers featuring Frankie Lymonとして発表されたデビュー曲で、彼らの最大のヒットとなったKids Doo Wopの大名曲。いかにもR&R時代のDoo Wopといったバウンシーなナンバーで、'56年にはThe Diamonds(全米12位)、Gale Storm(全米9位)、Gloria Mann(全米59位)等白人アーティストによるカヴァー盤も多く生まれています。また、日本ではザ・ヴィーナスがアルバム『Just Pop Size』('82年)でPop風味に、山下達郎が『On the Street Corner 3』('99年)でカヴァーしています。さらに、本国以上に高い人気を集めた英国(全英1位)では、'60年代に日本でもヒットを飛ばしたAlma Coganによってカヴァーされています('56年全英25位)。
02 I Want You To Be My Girl('56年全米13位、R&B3位)
前曲に続いて出された同系統の2ndシングルで、やはり大ヒットを記録したアップテンポ・ナンバー。
03 I'm Not A Know It All('56年)
前曲のB面で発表されたFrankie Lymonの熱唱が好印象のDoo Wopバラード。
04 I Promise To Remember('56年全米57位、R&B10位)
Frankie Lymonが伸びのある声で絶妙な歌い回しを聴かせる傑作Doo Wop。3rdシングルとして発表されたこの曲も1、2枚目同様、冒頭のSherman Garnesによる特徴的なナンセンス・シラブルが絶品。オリジナルはJimmy Castor & The Juniorsが同年発表した「I Promise」で、'60年には「Play Those Oldies, Mr. Dee Jay」('63年)で有名なフィラデルフィアのDoo Wopグループ、Anthony & The Sophomoresの前身Tony & The Dynamicsがカヴァーしています(未発表)。
05 Who Can Explain('56年R&B7位)
前曲のB面だったにもかかわらずR&Bヒットを記録した「Why Do Fools Fall In Love」と同系統のノリのいいアップテンポ・ナンバー。
06 The ABC's Of Love('56年全米77位、R&B8位)
Frankie Lymonがアルファベット順に言葉を引っ掛けて朗々と歌った4thシングル。
07 Share('56年)
間違いなく私の中のDoo Wopバラード・ベスト10に入る大傑作が、前曲のB面として発表されたこの曲。出だしの3パート・ハーモニーからFrankie Lymonの神がかり的な歌唱、「虹」や「月の光」に始まり「この胸の鼓動」まで君と分かち合いたいという最高にロマンティックな歌詞に至るまで全てが完璧。
08 I'm Not A Juvenile Delinquent('56年)
The MoonglowsThe Flamingosらと一緒に出演した'56年の傑作R&R映画『Rock, Rock, Rock』の中でも披露した5thシングル。艶のあるFrankie Lymonのヴォーカルや磨き上げられたバック・コーラス等曲としては最高の出来ですが、その後ドラッグに溺れて身を滅ぼすFrankie Lymonが、少年少女に清く正しい生き方を説いているのは何とも皮肉。信じがたい事にこの曲は映画で使用されたにもかかわらず本国ではノン・チャートなんですよね。英国では全英12位と正当に評価してくれているのに...
09 Baby Baby('56年)
前曲のカップリング曲で、同じく映画『Rock Rock Rock』の中で歌われた傑作ナンバー。この曲も英国では全英4位を記録していますが、どういう訳か本国ではノン・チャートでした。
10 Teenage Love('57年)
Frankie Lymon & The Teenagersの6thシングルで、抜群の出来ながらまたしてもチャート入りを逃した曲。なおこの曲は、オランダのDoo Wop系Oldies RevivalグループPee Wee & The Specialsが、'80年に唯一発表したアルバム『Pee Wee & The Specials』の中で絶品カヴァーを披露しています。そこでは紅一点のRini Oudhuis嬢がリード・ヴォーカルを務めているんですが、やはりFrankie Lymon & The Teenagersの曲は子供以外では女性しか歌えませんね(笑)。
11 Paper Castles('57年)
「Teenage Love」のカップリング曲で、「Share」と同系統の極上Doo Wopバラード。少しエコーがかったSherman Garnesのベース・ヴォーカルがカッコよく、Frankie Lymonの突き抜ける様な高音ヴォイスも冴えまくっています。
12 Out In The Cold Again('57年R&B10位)
Ted KoehlerとRube Bloomによる'34年作のスタンダード曲をカヴァーした8thシングルで、バック・コーラスが控えめな事もありFrankie Lymonの歌の上手さが引き立った曲。なおこの曲は、ブロンクスの人気White Doo WopグループThe Earlsもカヴァーしています('63年)。
13 Goody Goody('57年全米20位)
'57年の英国ツアーで当地を訪れた際にロンドンのAbbey Road Studiosで録音された曲(全英24位)で、The Teenagersではなくセッション・ヴォーカリストがバック・コーラスを務めた実質的なFrankie Lymonのソロ作品。この曲はJohnny MercerとMatty Malneckが'36年に作ったポピュラー・ソングで、ジャズにも傾倒していたFrankie Lymonが水を得た魚の様に、抜群のノリで迫るエキサイティングな曲に仕上がっています。こんな歌を聴かされたらGeorge GoldnerがFrankie Lymonをソロのポピュラー歌手として売り出そうと考えたのも頷けます。
14 Creation Of Love('57年)
同じくThe Teenagers抜きの英国録音による「Goody Goody」のB面曲で、ウットリ聴き入ってしまう出色のバラード。Frankie Lymonの歌唱に関しては、やはりソロになる直前のこの頃から'58年にかけてがベストだと思われます。
15 I Put The Bomp (In The Bomp Bomp Bomp) ('61年)
Barry Mannが同年ヒットさせたDoo Wopノヴェルティ「Who Put The Bomp」(全米7位)のアンサー・ソング(メロディはオリジナルと同じ)。Rouletteからの最後のシングルとなった曲で、完全に声変わりしたFrankie Lymonが冒頭、“Ooh wah, ooh wah ♪”と「Why Do Fools Fall In Love」の出だしのコーラスを歌う所はニヤリとさせられます。
16 Buzz Buzz Buzz('60年)
ロサンゼルスのDoo WopグループThe Hollywood Flamesの'57年全米11位曲をカヴァーしたもの。アルバム『Rock & Roll with Frankie Lymon』('58年)からのシングル・カット曲で、躍動感に満ちた傑作カヴァーとなっています。
17 Change Partners('61年)
Irving Berlinが映画『Carefree』('38年)用に書いた曲を60's Pops調に再現した好カヴァー。
18 My Girl('57年)
Frankie Lymonのソロ第1弾となった曲で、スキャットも聴かせる等Frankie Lymonの芸達者ぶりがうかがえます。念のため、The Temptationsの'64年のNo.1ヒットとは同名異曲です。
19 Let's Fall In Love('57年『At the London Palladium』)
Harold ArlenとTed Koehler作の'33年の曲をカヴァーしたもの。ちなみにこの曲が収録された上記アルバムは、タイトルから誤解されやすいんですがライヴ盤ではなくスタジオ録音盤です。実際、英国ツアー時に“The London Palladium”でライヴを行なっているから紛らわしいんですよね。
20 Fools Rush In('57年『At the London Palladium』)
Brook Benton('60年全米24位)やRick Nelson('63年全米12位)の歌でも知られる、Johnny MercerとRube Bloomが'40年に作った曲をカヴァーしたもの(英国録音)。
21 Diana('58年『Rock & Roll with Frankie Lymon』)
上記アルバム収録の異色のカヴァーで、オリジナルはご存知Paul Ankaの'57年全米1位曲。
22 Please Be Mine('55年)
「Why Do Fools Fall In Love」のカップリング曲で、派手さはないもののしっかりとしたハーモニーを聴かせる良質のDoo Wopバラード。
23 Footsteps('58年)
ソロ3作目となった「Thumb Thumb」(本盤未収録)のカップリング曲で、ソフトな歌唱からサビ部分での力強い歌唱への転換等Frankie Lymonの歌唱技術がますます向上している様が実感できる名バラード。なお、Steve Lawrenceが'60年にヒット(全米7位)させたBarry Mannの曲とは同名異曲です。
24 Little Bitty Pretty One('60年全米58位)
Thurston Harris & The Sharpsが大ヒットさせた曲('57年全米6位)のカヴァーで、アルバム『Rock & Roll with Frankie Lymon』からシングル・カットされたFrankie Lymon最後のヒット曲。この曲のオリジナルは先のThe Hollywood FlamesがBobby Day & The Satellitesの変名で発表した'57年全米57位曲で、'72年にはSoul時代のFrankie Lymon & The Teenagersと言えるThe Jackson 5もカヴァーしています(R&B8位)。
25 Jailhouse Rock('61年)
アルバム『Rock & Roll with Frankie Lymon』からシングル・カットされた、Elvis Presleyの'57年全米1位曲のカヴァー。ここでのFrankie Lymonの歌声は、日本で一時“カリプソ娘”として脚光を浴びた浜村美智子のカヴァー盤('58年「監獄ロック」)と何か似てるんですよね。そう言えば、何故かCDショップの曲目紹介ではこの曲がライヴ音源となっていますがライヴ音源ではありません。


※ iTunes Storeフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの曲をダウンロードする場合はこちらでどうぞ(試聴可)。1曲から購入できます。iTunes(無料)がインストールされていない場合は、アプリケーションのダウンロード・ページが開きます。
■ Frankie Lymon & The Teenagersについて

Frankie Lymon & The Teenagersと言えば、まず誰しも頭に思い浮かべるのがグループのマスコット的存在として注目を集めたリード・シンガーのFrankie Lymonでしょう。しかし、フランキー・ライモンティーンエイジャーズに加入した最後のメンバーで、しかも当初はリード・ヴォーカルではなくバック・コーラス担当だったと聞いたら驚かれるでしょうか。
'54年にマンハッタン(ニューヨーク)の中学生だったプエルトリコ系アメリカ人のJoe Negroniが、同じくプエルトリコ系のHerman Santiagoと一緒にドゥー・ワップ・グループを結成すべく、近所に住む友人で当時The Earth Angelsというドゥー・ワップ・グループのメンバーだった2人の黒人少年、Sherman GarnesJimmy Merchantを誘ってThe Erminesを結成したのがティーンエイジャーズの始まりでした。グループ結成直後から数々のタレント・ショーに出演し始め、とあるタレント・ショーでThe Cadillacsと共演したのを期にグループ名をThe Coupe de Villesと改めます。なお、この頃は主にハーマン・サンチァゴがリード・ヴォーカルを担当していました。

一方、後にこのグループに加入する事になるフランキー・ライモンは、The Harlemairesというゴスペル・グループを結成していた父親の影響で、幼い頃から兄弟で結成したグループThe Harlemaire Juniorsでゴスペルを歌っていました。その後、フランキー・ライモンが12歳の時に出演したタレント・ショーで共演した事がきっかけとなり、The Coupe de Villesに加入します(1stテナー担当)。

フランキー・ライモンの加入直後グループ名をThe Premiersと改名し、日々練習に明け暮れていたある日「Why Do Birds Sing So Gay?」なる曲が生まれます。これはフランキー・ライモンがガール・フレンドからもらったラブレターの詩を基に、メンバーのハーマン・サンチァゴジミー・マーチャントが作った曲で、後にフランキー・ライモンの提案で(諸説あり)曲名を変更して「Why Do Fools Fall In Love」となっています。また、Gee RecordsのオーナーGeorge Goldnerのもとでタレント・スカウトもしていたRichard Barrett(The Valentinesのリード・ヴォーカル)が、ストリートで練習していたThe Premiersの歌声を耳にするのも丁度この頃でした。彼らに興味を示したリチャード・バレットは早速ジョージ・ゴールドナーのオーディションを設定します。

ところでフランキー・ライモンがグループのリード・ヴォーカルになった経緯ですが、実は諸説あってはっきりしていません。①オーディションで「Why Do Birds Sing So Gay?」を歌ったリード・ヴォーカルのハーマン・サンチァゴより、バック・コーラスのフランキー・ライモンの声に何かを感じジョージ・ゴールドナーがフランキー・ライモンをリード・ヴォーカルに抜擢したとか、②オーディション当日のどの調子が良くないハーマン・サンチァゴに代わって、たまたまリード・ヴォーカルを担当したフランキー・ライモンがその後もリード・ヴォーカルに居座ったとか、③のどを痛めていたハーマン・サンチァゴがそもそもオーディション自体に参加しなかったため、代役でリード・ヴォーカルを担当したフランキー・ライモンがその後もリード・ヴォーカルに居座ったとか、④かねてよりメンバー全員がフランキー・ライモンの歌唱力を認めており、ハーマン・サンチァゴも自ら進んでリード・ヴォーカルの座を譲ったとか...

いずれにせよオーディションに合格したThe Premiersは、ジョージ・ゴールドナーがあまり好まなかったグループ名をアレンジャーのJimmy Wrightの提案で(諸説あり)The Teenagersと改名し、'55年12月にGee Recordsから「Why Do Fools Fall In Love」でデビューを飾ります(1stシングルのみThe Teenagers featuring Frankie Lymon名義)。

Frankie Lymon & The Teenagers
Frankie Lymon('42年9月30日~'68年2月27日):リード
Jimmy Merchant('40年2月10日生):1stテナー
Herman Santiago('41年2月18日生):2ndテナー
Joe Negroni('40年9月9日~'78年9月5日):バリトン 
Sherman Garnes('40年6月8日~'77年2月26日):バス

Why Do Fools Fall In Love」の大ヒットでロックンロール界にセンセーションを巻き起こしたフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズは、愛嬌たっぷりのフランキー・ライモンのパフォーマンスも相まって一躍人気グループの仲間入りを果たします。以降もヒットを連発し続け、Alan Freed主催の数々のパッケージ・ショーに参加したり、'56年4月12日に初出演した『Shower of Stars』を皮切りにテレビでも大活躍。また、先に触れた映画『Rock, Rock, Rock』('56年)以外にも同じくアラン・フリード主演のロックンロール映画『Mister Rock and Roll』('57年)でLittle RichardChuck BerryClyde McPhatterらと共演しています。
こうして人気も頂点を極めんとしていた'57年初夏にはイギリス・ツアーまで敢行します。が、まさにこの時期がフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの栄光のピークで、ジョージ・ゴールドナーはスター性のあるフランキー・ライモンをソロ・シンガーとして売り出そうと考えます。現にツアー先のアビー・ロード・スタジオでのレコーディングもフランキー・ライモン1人によるものでした。

イギリス・ツアーから帰国した7月19日には、アラン・フリードのテレビ番組『The Big Beat』にフランキー・ライモンが初めてソロで出演し、8月には正式にソロ・シンガーへの転向を表明します。しかし結果的にはこれがフランキー・ライモンにとってもティーンエイジャーズにとっても没落の第一歩でした。
ジョージ・ゴールドナーの期待に反して、フランキー・ライモンRoulette Recordsからのソロ第一作のみならず続けて発表した曲もことごとく不発に終わり、残されたティーンエイジャーズも白人少年Billy Lobranoをリード・シンガーに迎えて活動を継続しますが、ヒットに恵まれる事はありませんでした。特にフランキー・ライモンの歌唱力が一段と研ぎ澄まされていただけに非常に残念です。

フランキー・ライモンはヒットが出せなくなったこの時期(15歳)からドラッグに手を染めて自滅の道を歩んで行く訳ですが、加えて'60年頃には変声期を迎えますます音楽シーンの表舞台から遠のいていきます。確かにフランキー・ライモンの歌の上手さは変わらないんですが、やはり伸び艶のあるボーイ・ソプラノの印象が強烈過ぎたのでしょう。'61年にRouletteとの契約が終了した後もドラッグと葛藤しながら'60年代半ばまで数枚のレコードを出しますが、フランキー・ライモンが世間に注目される事はありませんでした。'68年に入ってSam Brayを新しいマネージャーに迎えて「I'm Sorry」等のレコーディングを行い、さらにSam Brayの尽力で2月28日に古巣Rouletteでのレコーディングを取り付けて再起を図ろうとした矢先の2月27日、フランキー・ライモンはドラッグの過剰摂取で亡くなってしまいます(享年25歳)。ちなみに最後のレコーディングとなった「I'm Sorry」は彼の死後同年リリースされています。

再起を賭けたレコーディング予定日の前日に亡くなるとは事実は小説よりも奇なりといった感じですが、フランキー・ライモンの歩んだ栄光と挫折の人生はロックンロール・スターの悲劇の典型と言えるものでした。

■ 今回の無料動画はフランキー・ライモン&ティーンエイジャーズで「I'm Not A Juvenile Delinquent」を紹介します。映像は'56年の傑作ロックンロール映画『Rock, Rock, Rock』の出演シーンからです。
冒頭のシャーマン・ガーンズによる超低音ヴォイスだけでもノック・アウト寸前なのに、そこへ来てフランキー・ライモンの突き抜ける様な勢いの絶品ヴォイスですから何度聴いてもシビレますね。

ここで改めてメンバーを紹介しておくと、画面後列向かって左からJoe Negroni(バリトン)、Sherman Garnes(バス)、Jimmy Merchant(1stテナー)、Herman Santiago(2ndテナー)、そしてリード・ヴォーカルはFrankie Lymonです。

それでは、キッズ・ドゥー・ワップの象徴、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズで「I'm Not A Juvenile Delinquent」をご覧下さい。

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