オールディーズ・ポップスの女王!Connie Francis

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Connie Francis 『コニー・フランシス・グレイテスト・ヒッツ』 

■ さて、以前にオールディーズ・ポップスの王者としてNeil Sedakaを紹介しましたが、今回はオールディーズ・ポップスの黄金時代に活躍した女性歌手の象徴的存在、Connie Francisを紹介します。

コニー・フランシスはロックンロールが誕生した'50年代後半に従来のポピュラー系ではなく、ロックンロール時代のグルーヴでポップスやバラードを歌った女性歌手として最初にスターの座に着き、'60年代半ばまで歌に映画に大活躍した文字通りオールディーズ・ポップスの女王です。さらに、'63年にQueen Elizabeth2世の要請でイギリスへ赴き、女王の前でその美声を披露したことに象徴される様に、全盛時代のコニー・フランシス人気は全世界に及ぶものでした。何と彼女は13ヵ国の言語でレコードを出しているそうです。
やはり日本語でもレコードを出した事もあり日本でも当時絶大な人気を誇った国際的スター、コニー・フランシスは、オールディーズ・ポップス=コニー・フランシスと言っても過言ではないくらい定番のアーティストです。

コニー・フランシスのプロフィールは後述するとして、まずはCDを紹介しておきます。
※ 今回は、当ブログを始めて間もない頃から何かとお世話になっているBYRDさんのブログ“BYRD'S SELECT MUSIC”で同じCDを紹介しているので、BYRDさんの記事のTB記事です。

Connie Francis 『コニー・フランシス・グレイテスト・ヒッツ』先述の通りコニー・フランシスの場合、そのヒット曲の多くを日本語盤でも出していますが、まずは感情が最もストレートに表現されたオリジナル・ヴァージョンから聴いてみる事をおすすめします。その点を踏まえつつ、やはりコニー・フランシスには日本だけのヒット曲が存在するので、それらを含む日本独自編集のベスト盤ということで2枚組CD『グレイテスト・ヒッツ』が一押しです。
内容は、'58年のソロでの初ヒットから'65年までの日本独自のものを含む主要なヒット曲32曲に加えて、ライヴ音源2曲を含む世界各国の有名曲のカヴァー8曲がボーナス・トラック的に収録された全40曲。コニー・フランシスの入門盤としては「これしかない!」といった感じです。
爽快に弾けたロックンロール調ナンバーや甘酸っぱいポップス、究極的にドリーミーなロッカバラード等が目白押しで、それらに加えてカンツォーネや南米産の情熱的な曲までコニー・フランシスの変幻自在の魅惑の歌唱を余すことなく堪能できます。

※ 参考までにその他のコニー・フランシスのおすすめCDを記しておきます。

・『ボーイ・ハント ~ベスト・オブ・コニー・フランシス
日本独自のヒット曲を含む1枚物ベスト盤
・『グレイテスト・ヒッツ 日本語ヴァージョン
'60年代当時日本でヒットした日本語盤によるベスト盤
・『コニー・フランシス・ゴールド
米国でのヒット曲をほぼ網羅した2枚組決定盤

取り上げる曲が良いこともありますが、コニー・フランシスは何といってもその卓越した歌唱力が最大の魅力と言えるでしょう。彼女のトレードマークとも言える歌詞に涙を滲ませた様な泣き節を始め、ロマンティックな曲で見せるお色気たっぷりの悩殺ヴォイス、陽気なポップスでのエネルギッシュな歌唱、ロックンロール調のカッコいい曲で見せるツンとすましたクールな歌い回し等々、抜群の歌唱力で聴かせるその全てが唯一無二。大げさじゃなく、ホントため息が出そうなくらい見事な歌いっぷりです。

何はともあれ、絶品ヴォイスの持ち主コニー・フランシスは全ての音楽ファンにおすすめです。もちろんオールディーズ・ファンは必聴!

(収録曲目)
※ ()内は米盤発売年、全米ポップ・チャート及び原題(=邦題の場合省略)
  なお、本盤には日本語ヴァージョンは含まれていません

ディスク:1
01 カラーに口紅('59年5位「Lipstick On Your Collar」)
Connie Francisにしては珍しいR&R調のナンバーで、曲調に合わせたクールな歌唱が魅力的なOldiesの大名曲。日本でもヒットしたこの曲は、翌'60年に当時“和製Connie Francis”と呼ばれた森山加代子の他、かまやつヒロシやスリー・グレイセス等がカヴァーしています。
02 フーズ・ソリー・ナウ('58年4位)
デビューしてから2年以上泣かず飛ばずだったConnie Francisが、背水の陣で臨んで見事初ヒット(それもTop10入り)させた記念すべき曲。Connie Francisの父の提案で録音したというこの曲は元々'23年作の古いポピュラー・ソングで、それをR&R時代のアレンジでロマンティックな絶品バラードとして甦らせています。既にこの時点で完成されていたConnie Francisの泣き節はKnock Out必至!ちなみにこの曲は同年日本でも発売されていますが、まだ彼女の魅力に気づいた日本人は少なかった様でヒットは記録していません。
03 ステューピッド・キューピッド('58年14位)
こちらは作者のNeil SedakaとHoward Greenfieldのコンビにとって初ヒットとなった陽気なPopsで、Connie Francisがセクシーなヒーカップ唱法も交えた伸びのある歌声で熱唱しています。この曲もまた森山加代子が先の「カラーに口紅」と一緒に、1stアルバム『リクエスト・タイム』('60年)の中で日本語カヴァーを披露しています。
04 マイ・ハッピネス('58年2位)
「フーズ・ソリー・ナウ」と同じ路線の'33年作の古い曲のリメイクで、個人的にElvis Presleyの初録音('53年)ヴァージョンも忘れがたいナンバー。Connie Francisの切ない1人2重唱やサビ部分の艶っぽい熱唱がロマンティックな歌詞と相まって極上のバラードに仕上がっています。
05 フランキー('59年9位)
この曲のA面だった弾ける様な傑作「カラーに口紅」とは対照的なNeil SedakaとHoward Greenfield作の究極ロッカバラード。Connie Francisの胸をえぐられる様な泣き節も全開でセンチメンタリズムの極みが味わえます。
06 想い出の中に('59年7位「Among My Souvenirs」)
Connie Francisの十八番となった古い曲(この曲は'27年作)のロッカバラード調リメイクで、やはりウットリする様な夢見心地ソングとなっています。
07 ママ('60年8位)
スケールの大きさを感じさせる美しいバラードで、やはり'41年に作られたイタリア曲をリメイクしたもの。
08 エヴリバディーズ・サムバディーズ・フール('60年1位)
Connie Francisにとって初のNo.1ソングとなった、どこかC&Wの影響を感じさせるHoward GreenfieldとJack Keller作の溌剌としたPops。大ヒットしただけあってConnie Francisの魅惑の歌唱も光っています。なお、'79年にはPat Booneの娘Debby Booneがこの曲を威勢良くカヴァーしていました(C&W48位)。
09 マイ・ハート('60年1位「My Heart Has a Mind of Its Own」)
前曲に続いて発表され連続して全米No.1に輝いたHoward GreenfieldとJack Kellerの作品で、Connie Francisの美しい1人2重唱が印象的なPops。そしてまたもDebby Booneがこの曲をカヴァーしています('79年C&W11位)。
10 メニー・ティアーズ・アゴー('60年7位)
Connie Francisが肩の力を抜いて少々ラフに歌った印象の軽快なPops。
11 ボーイ・ハント('61年4位「Where the Boys Are」)
Connie Francisが初主演した'60年の同名映画の主題歌として大ヒットしたNeil SedakaとHoward Greenfield作の傑作バラード。日本でも'61年にConnie Francis自身の日本語盤が発売されると共に映画も公開されて大ヒットしています。Connie Francisが日本語盤を出したためか、同年発売の森山加代子のカヴァー盤はほとんどヒットしませんでした。ちなみに、その後Tracey Ullmanが2ndアルバム『You Caught Me Out』('84年)で、日本の3人組アイドルMi-Keが'93年のアルバム『甦る60’s涙のバケーション』で、そして竹内まりやがアルバム『Longtime Favorites』(2003年)でカヴァーしています。
12 ブロークン・ハート('61年7位「Breakin' In a Brand New Broken Heart」)
'79年にDebby Booneがカヴァー(C&W25位)したC&W風味のバラード。
13 トゥゲザー('61年6位)
'28年作のポピュラー・ソングをリメイクしたConnie Francisお得意のバラード・ナンバー。
14 大人になりたい('61年72位「Too Many Rules」)
この曲は「トゥゲザー」のB面だった本国よりもA面で発表した日本で大ヒットしており、この曲から日本でのConnie Francis人気がさらに加速しています。と言うのも日本で漣健児の訳詞によるConnie Francisの日本語盤シングルが発売された('62年)事が大きかったのかもしれません。従って、同年伊東ゆかり後藤久美子('80年代にデビューしたゴクミではありません)、森山加代子等の競作盤が出されますが、「ボーイ・ハント」同様日本人歌手による目立ったヒットは生まれませんでした。で曲の方ですが、Connie Francisが溌剌と歌った極上の60's Popsになっています。
15 イン・ユア・アームズ('61年10位「When the Boy In Your Arms」)
Cliff Richardが初主演した英国映画『The Young Ones』('61年)の挿入歌、「When the Girl In Your Arms Is the Girl In Your Heart」(全英3位)を忠実にカヴァーしたもの。
16 夢のデイト('61年「Someone Else's Boy」)
全く話題にならなかった本国同様、日本でも当初「ブロークン・ハート」のB面で発表('61年7月)されますが、3ヵ月後A・B面を入れ替えて日本語のシングルをリリースすると瞬く間に日本だけで大ヒットした曲。Connie Francisのキュートな悩殺ヴォイスが魅力的で、サビの部分は胸を締め付けられる様な甘酸っぱさ。なおこの曲は、中尾ミエが初主演映画『夢で逢いましょ』('62年)の中で、Mi-Keがアルバム『甦る60's涙のバケーション』収録の“コニー・フランシス”メドレーで日本語カヴァーしています。ちなみにその“コニー・フランシス”メドレーでは、他に「ヴァケイション」、「想い出の冬休み」、「大人になりたい」も披露されています。
17 可愛いベイビー('62年「Pretty Little Baby」)
この曲は本国ではアルバム『Connie Francis Sings Second Hand Love And Other Hits』収録曲でしたが、日本では「大人になりたい」のB面として同年日本語でシングル・カットされています(米では未シングル化)。おまけに、ミディアム・テンポの親しみやすいメロディーに加え、この時期のConnie Francisの日本でのヒットの方程式に則った日本語盤リリースという事でA面を凌ぐ大ヒットを記録。日本での当時の人気ぶりは凄まじく、同年中尾ミエ、森山加代子、沢リリ子、後藤久美子、伊東ゆかり、ベニ・シスターズ等実に多くの日本語カヴァー盤が出されています。その中でConnie Francisによる日本語盤が出されたにもかかわらず、デビュー曲として発表した中尾ミエ盤が見事大ヒットを記録しています。
18 泣かせないでね('62年1位「Don't Break the Heart That Loves You」)
「ブロークン・ハート」と同系統のロマンティックなC&W風バラード。
19 セコ・ハン・ラヴ('62年7位「Second Hand Love」)
前曲に続いて発表された同系統のC&W風バラードで、日本では同年伊東ゆかりが日本語カヴァーしてヒットさせています。ちなみにオリジナル盤B面のカッコいいR&R調ナンバー「Gonna Git That Man」は、同年弘田三枝子(「かっこいい彼氏」)と麻生京子(「カッコいい彼氏」)がカヴァーしていました。
20 ヴァケイション('62年9位)
覚えやすい歌詞もあってConnie Francisが歌った陽気なPopsの中でも特に人気のある1曲で、Connie Francisの時にキュートに時に激しくといった絶妙な歌い回しが素晴らしいOldies Popsの大名曲。Connie Francis自身も曲作りに加わったこの曲はもちろん日本でも大ヒットを記録。「可愛いベイビー」に負けず劣らず、同年弘田三枝子、青山ミチ、金井克子、伊東ゆかり、安村昌子等数多くの日本語カヴァー盤を生みました。中でもオリジナル以上の迫力で歌い爆発的ヒットとなった弘田三枝子盤と青山ミチ盤はカヴァーPopsの最高峰と言える出来。

ディスク:2
01 想い出の冬休み('62年18位「I'm Gonna Be Warm This Winter」)
「ヴァケイション」同様目眩がするほど華麗なConnie Francisの歌唱が味わえる傑作Pops。この曲も日本で大ヒットし、'63年にはまたも弘田三枝子がカヴァーしてオリジナル同様大ヒットさせた他、沢リリ子もカヴァーしています。
02 渚のデイト('63年17位「Follow the Boys」)
Connie Francisの主演第2作目となった同年の同名映画主題歌で、出だしのドラマティックなオーケストラ演奏の彼方から「I~'ll follow the boys♪」と歌いだすConnie Francisの悩殺ヴォイスが鳥肌物のロマンティック・バラード。日本でも同年公開された映画共々ヒットしており、弘田三枝子、中尾ミエ、梓みちよ、ザ・ピーナッツ、伊東ゆかり、金井克子、小野ヒロ子、ボニー井田等これまた多くの日本人歌手にカヴァーされています。ちなみにこの曲でデビューしたボニー井田の“ボニー”という芸名は、映画の中でConnie Francisが演じた役名Bonnie Pulaskiにちなんで付けられたそうです。
03 悲しきゴスペル('63年23位「If My Pillow Could Talk」)
日本では同年の弘田三枝子のカヴァー盤(「涙のゴスペル」)がヒットしたGospelの要素を取り入れたPops(ボニー井田も同年カヴァー)。
04 虹をよぶレッド・リバー('63年36位「Drownin' My Sorrows」)
古くから伝わるフォーク・ソング「Red River Valley」を元に作られたオリジナル曲。
05 ユアー・アザー・ラヴ('63年28位)
颯爽とした良質のPopsですが、日本人歌手には'64年発売の日本盤シングルB面曲「ダンケシェーン」(オリジナルはBert Kaempfert & His Orchestraの'62年盤)の方が好まれた様で、同年ヒットした弘田三枝子盤と梓みちよ盤が出された他、ザ・ピーナッツや渡辺順子(「ダンケ・シェン」)がカヴァーしています。ちなみに渡辺順子(黛ジュンの本名)盤は、B面もConnie Francisの'63年の曲をカヴァーした「ロリポップ・リップス」(日本で'64年にシングル発売、米国では未シングル化)でした。
06 ハートでキッス('64年45位「Looking for Love」)
この溌剌とした陽気な曲は同年Connie Francisが主演した同名映画の主題歌で、日本では同年九重佑三子のヴォーカルでダニー飯田とパラダイス・キングがヒットさせた他、伊藤アイコもカヴァーしています。
07 離さないで('64年42位「Don't Ever Leave Me」)
悩殺ヴォイスでも泣き節でもなく、すました感じでクールに歌った隠れた名曲と言えそうなナンバー。私も大好きなこのカッコいい曲は、名ソングライター・チームJeff BarryとEllie Greenwichの作品。
08 ママのために('65年48位「For Mama」)
Charles Aznavourが'63年に歌った「La Mamma」というシャンソンに英語詞を付けてカヴァーしたもの。ちなみにオリジナル曲の仏語詞を書いたのは、日本でも「夢見るシャンソン人形」('65年、原題「Poupee de cire, poupee de son」)他を歌って人気を誇ったFrance Gallの父Robert Gall。
09 明日を忘れて('65年79位「Forget Domani」)
Katina Ranieriの歌で英国映画『The Yellow Rolls-Royce』('64年)に使われてゴールデン・グローブ賞(主題歌賞)を勝ち取った曲のカヴァー。キャッチーなサビのフレーズが印象的な曲で、Connie Francisが情熱的に歌っています。
10 いついつまでも(未発表「Il Primo Bacio E L'ultimo」)
'64年にイタリアでシングル発売されたFranco MigliacciとEnrico Politoのペンによる作品。当時日本ではカンツォーネの人気が高かったためか、米国では未発表だったにもかかわらず'65年にシングル盤が出されました。哀愁と情熱と希望が入り混じった様な曲調に合わせてConnie Francisが見事にイタリア語で熱唱しています。
11 スーヴェニールス('65年)
元々アルバム『Connie Francis Sings For Mama』収録曲で、日本では同年シングル・カット(米では未シングル化)されています。The Chiffonsの「One Fine Day」('63年全米5位)に似たコーラスが華を添える甘酸っぱいPopsで、この曲のシングル化を決定した日本人スタッフのセンスを称えたくなる様ないい曲です。
12 青空のデイト('65年「When the Boys Meet the Girls」)
ブロードウェイ・ミュージカル『Girl Crazy』('30年)の3度目の映画化となるConnie Francisの主演映画『When the Boys Meet the Girls』('65年)の主題歌で、同じく映画主題歌だった「ボーイ・ハント」や「渚のデイト」と同系統のセンチメンタルな極上バラード。残念ながら日本ではこの曲が彼女の最後のヒットとなっています(米では未シングル化)。皮肉な事にConnie Francisは日本での人気が陰り出したこの時期に初来日('65年10月7日)してるんですよね。
13 24000回のキッス('62年「24 Mila Baci」)
オリジナルは'61年にイタリアの歌手Adriano Celentanoが自国でヒットさせた曲で、同年の第11回サンレモ音楽祭でLittle Tonyと共にこの曲を取り上げ2位に入賞しています。Connie Francisヴァージョンはアルバム『Connie Francis Sings Modern Italian Hits』に収録。日本では後に“ツイスト男”として時代の寵児になる藤木孝が'61年6月にこの曲のカヴァーでデビューしています(「24000のキッス」)。
14 ラ・ノヴィア('65年「La Novia(The Wedding)」)
アルゼンチン映画『La Novia』('61年)でチリ出身の俳優Antonio Prietoが自ら出演して歌った主題歌のカヴァーで、本盤収録のヴァージョンと違いますがConnie Francisはアルバム『Connie Francis Sings The All Time International Hits』で取り上げています(「The Wedding」)。また、この曲は英国の歌手Julie Rogersが英語で歌って大ヒットさせた('64年全英3位、全米10位)他、日本では'62年にペギー葉山が日本語で歌って'63年から'65年にかけてヒットさせています(当初「泣きぬれて」のタイトルで発表)。
15 ビキニ・スタイルのお嬢さん('66年
「Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka Dot Bikini」)
アルバム『Connie Francis And The Kids Next Door』収録曲(16,17も)で、Brian Hylandの'60年全米1位曲を子供達と一緒に楽しく歌ったもの。
16 パフ('66年「Puff(The Magic Dragon)」)
フォーク・グループPeter, Paul & Maryの'63年全米2位曲をカヴァーしたもの。
17 ミセス・ブラウンのお嬢さん('66年
「Mrs. Brown You've Got a Lovely Daughter」)
映画『青空のデイト』で共演した英国のビート・グループHerman's Hermitsの'65年全米1位曲をカヴァーしたもの(オリジナルは英国の俳優Tom Courtenayの'63年盤)。
18 ラ・バンバ('66年)
原曲はトラディショナルでRitchie Valensがヒットさせた事で有名な曲('58年全米22位)をカヴァーしたもの。強烈な巻き舌を聴かせるConnie Francisヴァージョンはアルバム『Live At The Sahara In Las Vegas』に収録されており、南米系のにぎやかな演奏はTrini Lopez盤('66年全米86位)に近い感じでしょうか。
19 太陽は燃えている('65年
「Cuando Calienta El Sol(Love Me With All Your Heart)」)
原曲はメキシコの兄弟トリオLos Hermanos Rigualの'61年盤で、Connie Francisはアルバム『Connie Francis Sings The All Time International Hits』の中で本盤収録のイタリア語ヴァージョンではなく、スペイン語(と英語)でカヴァーしています(「Love Me With All Your Heart」)。また、この曲はThe Ray Charles Singersが英語で歌って大ヒットさせた('64年全米3位)他、日本では'63年に園まりのヒット盤(「燃える太陽」)や元スリー・ファンキーズと言うよりも『水戸黄門』のうっかり八兵衛役でおなじみの高橋元太郎盤(「太陽はもえている」)等の日本語カヴァーが出されています。いかにも日本人好みのドラマティックなメロディとConnie Francisの情熱的な歌唱が胸を熱くさせる1曲。
20 想い出のサンフランシスコ('66年「I Left My Heart in San Francisco」)
Tony Bennettが'62年にヒットさせた(全米19位)曲のカヴァーで、Connie Francisヴァージョンはアルバム『Live At The Sahara In Las Vegas』に収録。この曲は元々オペラ歌手Claramae Turnerのために'54年に作られた曲で、日本ではBrenda Leeが歌ってヒットさせています('63年「サン・フランシスコの思い出」)。


※ iTunes Storeコニー・フランシスの曲をダウンロードする場合はこちらでどうぞ(試聴可)。1曲から購入できます。iTunes(無料)がインストールされていない場合は、アプリケーションのダウンロード・ページが開きます。
■ Connie Francisについて

ニュージャージー出身のConnie Francis('38年12月12日生)は本名をConcetta Rosa Maria Franconeroといい、3歳の時に父からプレゼントされたアコーディオンが音楽体験の始まりでした。自身でもアコーディオンを嗜んでいた父のレッスンのおかげで、コニー・フランシスはみるみるうちにアコーディオンをマスターしていきます。その後父の協力のもとアコーディオンの腕前を武器に、Ted Mackが司会を務める『The Original Amateur Hour』や有望な新人を多数輩出した事で有名な『Arthur Godfrey's Talent Scouts』、ニューヨークの子供向けタレント・ショー『The Star Time Kids』等のテレビ番組に出演。

中でも『Arthur Godfrey's Talent Scouts』と『The Star Time Kids』というコニー・フランシスが11歳の時に出演した2つの番組は、彼女のその後のキャリアに大きな影響を及ぼしています。すなわち、Arthur Godfreyコニー・フランシスの本名フランコネロ(名字)は発音しづらいのでもっと簡単なものにした方が良いとアドヴァイスしたのを受け、芸名をコニー・フランシスとしていますし、『The Star Time Kids』のプロデューサーだったGeorge Scheckは彼女のマネージャーとなり、アコーディオン奏者兼歌手ではなく専業の歌手となるよう忠告した上で、以後4年に渡って毎週コニー・フランシスを同番組にレギュラー出演させます。

そこで歌手としての経験をある程度積んだ後、今度はレコード会社への売り込みを図るべくジョージ・シェックが奔走します。が、メジャーなレコード会社には片っ端から断られ、コニー・フランシスに唯一興味を示したのはMGM Recordsだけでした。それも彼女のデモ・テープの中にMGMの社長Harry Meyersonの息子と同じ名前の「Freddy」という曲があったという理由で。きっかけは社長の息子への誕生日プレゼント代わりだったにせよ、とにかくMGMと契約したコニー・フランシスはその「Freddy」で'55年6月にめでたくレコード・デビューを飾ります。とは言え、デビュー曲が不発に終わったばかりでなく、コニー・フランシスはその後発表した曲も全くヒットさせることが出来ませんでした。歌手としての実力を備え、音楽関係者からJudy Garlandの再来と囁かれたにもかかわらず。

ただ、コニー・フランシスはヒット曲を出せなかったこの下積み時代に実に興味深い仕事をしています。コニー・フランシス自身が銀幕のスポット・ライトを浴びる事はありませんでしたが、彼女の声が2つの名作ロックンロール映画に“出演”しているのです。Chuck BerryJohnny Burnette Trio他が出演した『Rock, Rock, Rock』('56年)では本作でデビューした主役のTuesday Weldの歌唱シーンの吹き替えを、Carl PerkinsBuddy KnoxFats Domino他が出演した『ジャンボリー』('57年)では同じく主役のFreda Hollowayの歌唱シーンの吹き替えを担当しています。さらにロックンロール映画ではありませんが、英国産のウエスタン・コメディー映画『The Sheriff of Fractured Jaw』('58年)ではJayne Mansfieldの歌唱シーンの吹き替えを担当しているんですよね。ジェーン・マンスフィールドと言えばGene VincentEddie CochranLittle RichardThe Platters他ロックンロール・スターが大挙して出演した傑作ロックンロール映画『女はそれを我慢できない』('56年)に主演していたグラマー女優!
と言うことは、奇しくもコニー・フランシスは'50年代の三大ロックンロール映画全てにゆかりがあったんですね~(最後のはかなり強引!?)。

で、本業のレコードの方ですが、'57年に苦肉の策として「Hot and Cold」('56年)等のプリミティヴなロカビリーを歌ったレーベル・メイト、Marvin Rainwaterとのデュエットで発表した「The Majesty of Love」をなんとかマイナー・ヒットさせます(全米93位)。しかし、デビューしてから2年以上もヒットが出せないコニー・フランシスはこの時期自身でも引退を考え、MGMからも最後通牒を突きつけられます。
この様な崖っぷちの状況の中、MGMから最後のレコーディングと言い渡された'57年10月のセッションで録音したのが、コニー・フランシス初のソロ・ヒットとなった「Who's Sorry Now?」でした。'58年1月には早速人気音楽番組『American Bandstand』で紹介され、嬉しい事に司会のDick Clarkから「この娘は必ずトップ・スターになるに違いない」と絶賛されます。それから数ヶ月としないうちにディック・クラークの予言通り、「Who's Sorry Now?」は幅広い世代に受け入れられて大ヒットを記録。

一躍人気スターの仲間入りを果たしたコニー・フランシスは、その後'60年代半ばまでヒットを連発してポップス・クイーンの座に君臨します。この間'60年の『ボーイ・ハント』を皮切りに『渚のデイト』('63年)、『ハートでキッス』('64年)、『青空のデイト』('65年)と4本の映画で主演して銀幕界でも活躍したのは先述の通り。そもそもコニー・フランシスは演技に興味がなく映画の出演を拒んでいたらしく、『ボーイ・ハント』のプロデューサーJoe Pasternakの熱烈なラヴ・コール以上に、『ボーイ・ハント』への出演に反対していた父に対する反抗心から出演をOKしたそうです。さらにジョー・パスターナクが『ボーイ・ハント』の主題歌を旧知のソングライターに委託しようとした所、「この映画にピッタリの主題歌でしかもヒット曲を書く事が出来るのはNeil SedakaHoward Greenfieldのコンビ以外いない」と自身の出演降板をちらつかせてゴリ押ししたんだとか。コニー・フランシスって慎ましそうなイメージとは裏腹に反骨精神が旺盛なんでしょうか?

'60年代末以降は音楽シーンの様変わりもあり、コニー・フランシスはヒット・チャートから姿を消します。そこに追い討ちをかけたのが、'74年にWestbury Music Fair(ニューヨーク)に出演した際に宿泊したHoward Johnson Motelで遭遇したレイプ事件でした。事件のショックが原因で躁うつ病を患い、入退院を繰り返してまともに歌う事が出来なくなってしまいます。何度か復帰を試みますが上手くいかず、さらに'81年には弟がニュージャージーの自宅で殺害されるという悲劇に見舞われています。
コニー・フランシスの歌手生命もこれまでかと思いきや、逆に弟の死という駄目押しで吹っ切れたらしく、同年11月には7年ぶりにステージに立って見事復帰を果たすんですから頭が下がります。その後は'84年に自叙伝『Who's Sorry Now?』を出版して一連のショックを克服し、現在もステージを中心に活動を続けています。

思えばコニー・フランシスはデビュー当時からなかなか芽が出ず思い悩む不遇時代を経験し、栄光の時期はあったもののその後本当に多くの悲劇に見舞われていますよね(悲劇ではないけど結婚・離婚も4回経験してるし...)。もちろん全ての逆境を乗り越えて現在に至る訳ですが。
そんなコニー・フランシスが人生最大の失敗だと考えてる事は何だと思います?
意外にも父の大反対で別れさせられた一時の恋人Bobby Darinと結婚しなかった事なんだそうです!!
何かコニー・フランシスって本当にすごい人ですね。

■ 今回の無料動画はコニー・フランシスで、曲は彼女のソロでの初ヒットとなった「Who's Sorry Now?」を選んでみました。映像は正確な日付は分かりませんが、何かにつけコニー・フランシスをバック・アップしたディック・クラークの『アメリカン・バンドスタンド』からということです。なのでこの曲が発売された'58年に出演した時のものだと思われます。

先述の通りこの曲はコニー・フランシスの父の勧めで録音された'23年の曲ですが、当初お年頃のコニー・フランシスは「こんな古臭い曲を歌ったらみんなに笑われるから歌いたくない」と父に反抗したそうです。しかし、いざ録音して発売してみると大ヒットとなった訳ですからやはり親の言う事は聞くものですね(笑)。

コニー・フランシスの泣き節も交えながら徐々に力強い歌唱に移行していく歌い回しは何度聴いても絶品ですね。本当にいい曲です。

それでは、コニー・フランシスの傑作バラード「Who's Sorry Now?」をどうぞ。

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コメント
この記事へのコメント
TBありがとうございます♪
いつもながらsugarboyさんの詳細な解説に頭が下がるばかりですが、日本でも大ヒットを連発していたコニー・フランシスとなると日本人によるカヴァーの数もハンパでないのでよくこれだけ調べられたなと感心させられっぱなしです。(^^)

こうして読ませていただいていると本国でのヒット曲、日本のみでのヒット曲も分け隔てなく書かれているので、これで当時の本国・日本の両方のヒットした曲の違いもわかりますし、実にバランスがとれてていいなと思いました。(^^)
2007/12/04(火) 01:11 | URL | BYRD #NNxGKCIs[ 編集]
~Love Is Me, Love Is You~  
どこでもウロチョウロしてスミマセン。
コニーフランシスの「Love Is Me, Love Is You」を探してます。
イタリア語ではなく、英語か日本語で・・。
管理人様・・ご存じでしょうか。
2007/12/04(火) 15:41 | URL | ケロコ #yvBXw2pY[ 編集]
こちらこそコメント&TBありがとうございます♪
いや~、幅広い音楽に精通しているBYRDさんにその様に仰って頂けて光栄です(^^)
私は和製ロカビリーを含むこの時代のカヴァー・ポップスも大好きで、単独盤CDやオムニバスもそれなりに集めてるんでそれらのライナーや手持ちの音楽書籍、あとネットを利用して調べた次第です^^;

ただカヴァー・ポップス歌手については超メジャーな歌手以外ネットでもあまり詳しい情報が流通してないんですよね。その点シンコー・ミュージックから出された『ヒットパレード黄金時代』('97)と『ルーツ・オブ・ジャパニーズ・ポップス』('95年)の2冊はかなり役に立ちました♪

現在入手困難の様ですが、特に音楽雑誌『ミュージック・ライフ』の'55~'70年の主要な記事をそのまま抜粋・編集した後者は、毎年のヒット・チャートはもちろん、レアな情報満載で絶対手放せません(笑)
2007/12/04(火) 19:28 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
「Love Is Me Love Is You」ですか?
ケロコさんこんばんは♪

コニー・フランシスの曲でピンとこなかったので、手持ちのCDを見てみたんですが、私この曲持ってませんでした^^;

それでちょっと調べてみたんですが、'96年にPolydorから出された輸入盤の4枚組ボックス・セット『Souvenirs』と2002年にSee For Milesから出された輸入盤の2枚組CD『The Ultimate Ep Collection』に収録されてました。どちらも英語曲ですが、2つとも品薄状態の様で、アマゾンでもマーケット・プレイスでしか取り扱われていません(HMVやタワー・レコードは取り扱いなし)。

滅多にCDに収録されない様な'66年のマイナー・ヒット曲をよくご存知ですね!!
2007/12/04(火) 21:29 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
ありがとうございました!
お調べいただきありがとうございました。ペコ
そうなんだ・・。なるほど!マイナーな曲なんですね。
ケロコの行くライブハウスで今年辞められたVOの方がコニー・フランシスのレパートリーを多く持っていた中の一曲です。
マイナーな曲とはしりませんでした。
いくら探してもみつからないのは当たり前ですね・・(/-\)
本当にありがとうございました。
2007/12/07(金) 14:19 | URL | ケロコ #yvBXw2pY[ 編集]
どういたしまして(^^)v
ケロコさんこんばんは(^^)

そのヴォーカルの方もレパートリーが広いんですね!!「Love Is Me Love Is You」もビルボードで66位を記録しているんで通常ならベスト盤に収録されてもおかしくないんでしょうが、コニー・フランシスは大ヒット曲も多いし、やはり'60年代前半が全盛期ですからね...

私が行った事のあるオールディーズライヴ・ハウスでは、コニー・フランシスだったら「ヴァケイション」や「想い出の冬休み」、「ロリポップ・リップス」なんかをよくやってました♪

また私でお役に立てる事があれば何なりと聞いて下さい。
2007/12/08(土) 01:01 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
どうしてこの人が
唄うと私は泣けて来るのか。「ヴァケーション」は別物としても一つ一つに感動を伴うドラマがあると思う。更にオーケストラ?が輪をかける。「哀しい」イコール「美しい」とは音楽や小説でも映画でも言えるから不思議だ。
参考まで、映画「ボーイハント」はある種結果的にいわくつきになってしまった。MGMがかなり期待した四人(彼女は元来歌手だからまあ良いとして)の内、ドロレス・ハートは尼さんになったし実力派のP・プリンティスは泣かず飛ばずC・フランシスはゴタゴタ続き(後に復帰)、一番きしゃで大人しいけど可愛いい(劇中冷布される)イベット・ミミューが延命したと言えば延命かな。あー、懐かしい、where the boys areよ。
2008/05/25(日) 05:23 | URL | nandakanda46 #ll/q85a.[ 編集]
コニー・フランシス
オールディーズ・ポップス歌手の中でもとにかく彼女は別格ですね。この上ない傑作曲が目白押しです。

nandakanda46さんは映画(女優)に詳しいんですね(^^)。しかも映画『ボーイ・ハント』もリアル・タイムでご覧になっているご様子で羨ましい!
2008/05/27(火) 02:29 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
いやー、知りませんでした。
彼女が「太陽は燃えている」を歌っているのですか?。園まりのお上手な?やつは何回かTVで見てますが。私が気に入っているのはエンゲベルト・フンパーディング。伸びやかな彼の朗々とした歌い方に圧倒されます。もひとつ質問ですが、allの次にofはありませんか?。私はofを入れて歌いますが。フンパーディングにはofあったようなちょっと曖昧。
こう言う勘違いって案外ありますよね。高校の頃、ガールフレンドはメチャ英語はうまい。けど、「too many rules」を「トー・メリ・ルー」と歌う。私が歌ってたリック・ネルソンの「ハロー・メリ・ルー」と勘違いですね。同様に彼女はヘギー・マーチを「マティルダ、マティルダ」と歌う。正しくは「my true love」なんですね。マティルダだとベラフォンテですね。なんだかんだ40年以上前の話。
2008/05/30(金) 15:18 | URL | nandakanda46 #ll/q85a.[ 編集]
やはり、
ofがないと私には歌いづらい。love me with all of your heart ・・・I want,じゃないかなー。プロじゃないけどofのあるなしでは大違いなんだけど。
2008/05/30(金) 22:44 | URL | nandakanda46 #ll/q85a.[ 編集]
流石ヴォーカリストですね(^^)
私の場合、外国語の曲はメッチャ好きな曲でなおかつ分かりやすい歌詞の曲ぐらいしか覚えないのでこの曲については覚えていないのですが、いつもながらnandakanda46さんの歌詞に対するこだわりには頭が下がるばかりです。

で、記事で述べている通りコニー・フランシスも「太陽は燃えている」を歌ってますよ。イタリア語ヴァージョンやスペイン語と英語混じりのヴァージョンで。

あらためて2つのヴァージョンを聴いてみると確かにエンゲルベルト・フンパーディングのヴァージョンは"of"がはっきり聞き取れますね(どうしてタイトルだけがLove Me With All Your Heartなのでしょう?)。一方コニー・フランシスの英語入りヴァージョンは(私の英語力では?)どうも"of"が聞き取れません。ただ、歌詞カードには
"Love me with all your heart
That's all I want, love
Love me with all of your heart
Or not at all~"という風に2回目には"of"が入っているのですが...

'70年に日本でのみヒットしたエンゲルベルト・フンパーディング盤(いつか何かのCMに使われていませんでしたっけ?)がスマートな感じに歌われているのに対してコニー・フランシス盤は歌い方が情熱的。曲自体が魅力的なのでどちらも味わい深いですね。
そう言えば園まりも情熱的に歌い上げていますね。女性が歌うと情熱的になるのでしょうか。
2008/05/31(土) 01:19 | URL | sugarboy #L/3l8JBE[ 編集]
sugarboyさん、今晩は。
頭が下がる程の器じゃないです、単なるミーハーですね。ただ子供の頃から洋楽を聴いて良いなと感じたら必ず意味を理解してから歌う癖をつけていたから違う情報(例えばタミーと独裁者)が入ると脳が拒否反応、アレルギーを起こすのでしょう。「違うよ、違うよ」と言ってる訳です。多分、原点は父は消せと言ってましたが兄や姉がラジオを聞いていたり「バッテンボー」を歌っていてなーんだ「ボタンとリボン」なんだと調べたのが始まりと思います。元来英語が好きなんですね。ではたまには次にとびましょうね。

2008/05/31(土) 02:04 | URL | nandakanda46 #ll/q85a.[ 編集]
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2007/12/04(火) 01:11:59 | BYRD'S SELECT MUSIC
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