日本初のNeo Rockabillyバンド,ブラック・キャッツ

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BLACK CATS 『Rock'A Billy So What!』 ♪本文末に記事に関連した動画有

■ 今回は私自身も中学時代に洗礼を受けて一発でそのサウンドとヴィジュアルの虜になった日本初のネオ・ロカビリー・バンド、ブラック・キャッツブラック・キャッツを紹介したいと思います。
ブラック・キャッツは現在でも、ロスの“チャイナ・クラブ”のライヴで彼らに魅了されたGo Go'sのマネージャーが、Go Go'sの全米ツアーのサポーティング・アクトにブラック・キャッツを抜擢したとか、The Clashのメンバー達が“ガレッヂ・パラダイス東京”にやって来て、5年分の会費を払ってブラック・キャッツのファン・クラブに入会したとか、あるいは映画『Urban Cowboy』('80年)のプロデューサーから次回作の出演依頼を受けたとか、はたまたAtlantic Records等レコード会社数社からオファーを受けていた等々、数多くの伝説と共に日本ネオ・ロカビリー界のカリスマとして根強い人気を誇っているとびきりクールなバンドです。

中学生の頃の私は、最初Elvis Presleyのサン・ロカビリーやストレイ・キャッツ等を聴いてもそれほどピンとこなかった(もちろん後にその素晴らしさを認識します)んですが、どういう訳かブラック・キャッツに関しては友達の家で初めて聴いて以来好きになって愛聴し続けたんですよね。やはり日本人なのでどことなく日本人気質を感じさせるブラック・キャッツのサウンドが耳に合っていたんでしょうか。

ブラック・キャッツにまつわる個人的な思い出話をすると取り止めがないので、とりあえずCDを紹介しておきます(ブラック・キャッツのプロフィール等も後述)。

CD:[試聴/Tower Records] [amazon]
〈COLEZO!〉「ROCK’A BILLY SO WHAT!」BLACK CATS BESTできればブラック・キャッツはオリジナル・アルバムに耳を通して欲しいんですが、現在そのオリジナル・アルバムのCDがあまり入手し易いと言えない様なのでブラック・キャッツ入門盤としての意味も込めて、そしてまずは初期の6人編成ロカビリー・バンド時代からという事で、今回はブラック・キャッツの初期のベスト盤『Rock'A Billy So What!』を紹介します(各オリジナル・アルバムに関してはまた別の機会に紹介します)。
内容はブラック・キャッツの1stアルバムから3rdアルバムまでの収録曲から選曲された全15曲。それと、歌詞カードには全ページ6人編成時代のブラック・キャッツの写真が掲載されています。オールディーズ・ポップスの香りを感じさせる甘酸っぱい曲やスラッピング・ベースも心地いい絶品ロカビリー、誠ちゃん高田誠一)の甘い歌声が輝きを放つ傑作ロッカバラード等、初期ブラック・キャッツの全ての魅力を一通り味わうことが出来ます。

この6人編成時代のブラック・キャッツのサウンドを時系列で大まかに見てみると、デビュー当初(1stアルバム『Cream Soda Presents』)はビートこそ強烈でしたがオールディーズ系ロックンロール・バンドのクールスに近い感じでロカビリーとは少し違うものでした。ただ、メンバー全員が50'sショップ“クリーム・ソーダ”の店員だった事もあり、ファッションに関しては上から下まで一分の隙もなく完全なロカビリー・スタイルです。次に2ndアルバム(『Vivienne』)の頃になると曲によってはロカビリー風のものも見られる様になりますが、全体的には50'sロックンロールといった趣。加えて、50'sロックンロールのカヴァーやそれらを基に作ったオリジナル曲が多く収録されているからか、1stアルバムに比べてオールディーズ・ポップス色は薄れています。そして日々の練習の積み重ねやアメリカ・ツアーの経験等が実を結んだ3rdアルバム(『Heat Wave』)。スラッピング・ベースが聴かれる点も大きいかもしれませんが、スピード感、ビート感等どれをとってもこれは完全にネオ・ロカビリー・アルバムと言えるでしょう。他のネオ・ロカビリー・バンドの曲に影響を受けた曲もありますが、全曲オリジナルの日本語ナンバーから成る日本初の和製ネオ・ロカビリー・アルバムです。あと、このアルバムは全体的にほど良くポップな香りを漂わせている点(オールディーズ・ポップスの意味ではありません)が、欧米のネオ・ロカビリー・バンドにない特徴(魅力)だと思います。

オールディーズ・ポップス風にしても、ロカビリーあるいはロックンロールにしても、ブラック・キャッツの曲はそれぞれに素晴らしい魅力を持っているので全ての音楽ファンに超おすすめです。
また本作は、日本のネオ・ロカビリー・サウンド誕生の経緯を手軽に知ることが出来る格好の音源集なので、日本のネオ・ロカビリー史に興味がある人にもおすすめです。
日本のネオ・ロカビリーを語る時には、ベスト盤にしてもオリジナル・アルバムにしても決してブラック・キャッツの音源を避けて通ることはできませんから。
 
(収録曲目)
01 ジニー・ジニー・ジニー('81年『Cream Soda Presents』)
Eddie Cochranの'58年全米94位曲をカヴァーしたBLACK CATSの記念すべきデビュー曲(祝!)。オリジナル盤等にない出だしのウッド・ベースが印象的で、演奏力、歌唱力は未熟ながらも強烈なビート感、凄まじく勢いのある誠ちゃんのヴォーカルがたまらない好カヴァー。なお、本作のヴァージョンはイントロ部分で一言“やっちまえ、やっちまえ、やるだけやっちまえ”と言う少々アリガタ迷惑な囁き声が追加挿入されています。
02 シンガポール・ナイト(同上)
1stアルバムと同時発売されたBLACK CATSの2ndシングル。60's Pops風味の甘酸っぱいメロディー(誠ちゃんの歌唱も甘め)ですが、BLACK CATS特有のビート感が見事に曲を引き締めていて魅力的なナンバーに仕上げています。当時私の周りでは、BLACK CATSの曲の中で女の子に人気の高い曲でした。
03 もう一度だけランデブー('82年『Heat Wave』)
米国ツアーをやってのけたBLACK CATSが、さらに大きく成長した証ともいえる3rdアルバムで1曲目を飾っていたのがこの曲でした。出だしのスラッピング・ベースから一気に疾走していくスピード感が最高で、どこをとっても完全なNeo Rockabillyナンバーです。
04 From Black to Pink(同上)
個人的に間奏のチャーミングなギターが気に入っている曲で、オットー(覚田修)が迫力満点の歌唱を聴かせるRockabillyナンバー(出だしのスラッピング・ベースもカッコいい)。
05 I・愛・哀 -waiting for you-(同上)
この曲はシングル盤としても発売された正真正銘の和製Neo Rockabillyナンバー第1号(但し本盤収録は上記アルバム・ヴァージョン)。この曲あたりから誠ちゃんも自然体?の歌い方になっており、スラッピング・ベースも使われるし、曲調自体も完璧にNeo Rockabillyになります。先に触れた米国体験に加えて、陣内淳(ウッド・ベース)に代わって加入した中村元の存在も大きかったのかもしれません。米国ツアー前に録音・発売された前作「うわさのラブモンスター」('82年)は、両面とも曲自体がR&R調だったためかスラッピング・ベースではありませんでしたが、この曲では中村元が威勢良くスラッピング・ベースを披露しています。その他の楽器パートもデビュー時に比べてかなり腕を上げており、英米のNeo Rockabillyナンバーに引けを取らない位クールな仕上がり。
06 サマータイム・ブルース('81年『Cream Soda Presents』)
Eddie Cochran最大のヒットとなった'58年全米8位曲のカヴァーで、誠ちゃんの英語はハチャメチャだけど「ジニー・ジニー・ジニー」と同じ様な肌触りを感じさせる好曲。余談ですがBLACK CATSの写真集『BLACK CATS IN U.S.A.』('83年)によると、この曲は'82年2月に行なわれた米“China Club”での初ライヴのアンコール曲で、途中踊っている観客が配線に足を引っ掛けて電源が切れるというハプニングがあった時に、観客を交えての大合唱となって難を切り抜けたというBLACK CATSにとって決して忘れる事の出来ない曲の様です。
07 Tutti Frutti('82年『Vivienne』)
オリジナルはLittle Richardの'55年全米17位曲ですが、ここではElvis Presleyヴァージョン('56年)を参考にした様な疾走感あふれる好カヴァーになっています(ヴォーカルはオットー)。
08 雨のコニーアイランド('82年『Heat Wave』)
誠ちゃんの切ない熱唱が心にしみるセンチメンタルな傑作ロッカバラード。
09 Go-Go-トラベリングバス(同上)
その結成から米国ツアーまでBLACK CATSの軌跡をオット-流のユーモラスな歌詞で歌ってみせた楽しくもカッコいいRockabillyナンバー(作曲もオット-)。
10 Rock A Billy Boogie('82年『Vivienne』)
先の“China Club”では1曲目に披露して米国人を速攻で興奮の坩堝に叩き落したという曲で、Johnny Burnette Trioが放ったRockabillyの定番曲('56年「Rock Billy Boogie」)のカヴァー。
11 Dear Vivienne(同上)
2ndアルバム全体に言える事ですが、特にこの曲は仏国のTeds系バンド、AlligatorsのヴォーカリストAlain Chennevièreの影響(大げさなヒーカップ唱法の連発等)が誠ちゃんの歌い方に強く表れた曲になっています。なおこのトロピカルな雰囲気を漂わせた曲は、Buddy Hollyがギターで参加してプロデュースまで行なったLou Giordanoの「Stay Close to Me」('59年)にインスパイアされたBLACK CATSの自作曲。
12 Magic Island(同上)
そのAlligatorsの「Blue Letter」('80年『Rockabillygator』)を元ネタとする、これまたトロピカル風味の名作Rockabillyがこの曲。特にこの曲はDVD『'83 COMEBACK Special』に収録されたスラッピング・ベースによるライヴ演奏が大絶品なので、まだ視聴していない人にはそちらも強くお薦めします。そう言えば写真集『BLACK CATS IN U.S.A.』の中で、誠ちゃんがBLACK CATSを表して“スーパー・ライブ・ロカビリー・バンド”って言ってましたっけ。
13 Dance to the Bop(同上)
レコード盤ではB面にひっくり返すと最初に鳴りだした曲でGene Vincentの'57年全米23位曲がオリジナルなんですが、とにかくノリが最高の絶品カヴァー。
14 1950('81年『Cream Soda Presents』)
2ndシングル「シンガポール・ナイト」のB面にもなっていたややPopなR&Rで、誠ちゃんとオットーのツイン・ヴォーカルで聴かせるロマンティックな歌詞が魅力の曲。
15 Rendez Vous(ランデブー)('82年『Vivienne』)
英国の奇才Joe MeekプロデュースによるMike Berry & The Outlawsの傑作曲、「Tribute To Buddy Holly」('61年全英24位)の日本語カヴァー。と言ってもBLACK CATS盤は颯爽と歌われたオリジナルとは違ってロマンティックなバラードの趣です(日本語歌詞もBuddy Hollyとは無関係)。なお、この曲は元々'81年にシングル発売された曲なんですが、本盤に収録されているのは上記アルバム・ヴァージョンです(間奏の語りが誠ちゃんではなくVivienneの方)。

※ 下記のショップではブラック・キャッツのオリジナル・アルバムが一応“取り寄せ商品”になっていて試聴ができるので、参考までにジャケット画像と一緒に紹介しておきます。

 『Cream Soda Presents』      『Vivienne』         『Heat Wave』
 [試聴/Tower Records]   [試聴/Tower Records]   [試聴/Tower Records]
    [試聴/新星堂]         [試聴/新星堂]        [試聴/新星堂]
ブラック・キャッツ 『Cream Soda Presents』ブラック・キャッツ 『Vivienne』ブラック・キャッツ 『Heat Wave』
■ ブラック・キャッツについて(6人編成時代)
ブラック・キャッツのメンバーは全員がイカしてましたよね。中でも個人的にはやはりカリスマ的存在の誠ちゃんが憧れでした。44歳の若さで亡くなったのは本当に残念です(T_T)。今や日本ロカビリー界の大御所といえる久米浩司さんは残ったメンバーの中で唯一表舞台で活躍されているので、これからもぜひカッコいいロックンロールを聴かせ続けて欲しいものです。

ブラック・キャッツや“クリーム・ソーダ”の話になると個人的な思い出話等の無駄話が増えそうなので今回のプロフィールは簡潔に記述したいと思います。主にブラック・キャッツの2冊の写真集『50's a GO-GO』('82年)と『BLACK CATS IN U.S.A.』('83年)を参考にしているので当時の情報として理解して下さい。また、それら写真集における本人インタヴューの記述も含まれています。
ただ、昔持っていたブラック・キャッツのレコード『Vivienne』の歌詞カードには、メンバー全員の趣味(特技)やちょっとしたQ&Aが載っていたと思うんですが、CD化('91年盤)に際してビビアンの分しか載せられないのでそこら辺を紹介できなかったのは少々残念です。確か誠ちゃんがボクシングでギリさん片桐孝)がビニ本鑑賞の趣味だった思うんですが...
そう言えばギリさんも既に亡くなられていると聞いたんですがその真偽や詳細についてもよく分かりません。もっとも、表舞台に出てこない他のメンバーについても現況は不明なんですよね。

 (ブラック・キャッツのメンバー

★ 高田誠一(ヴォーカル)
'60年1月6日~2004年7月29日
出身地:長崎県、血液型:B、身長:176cm、体重:56kg、好きな色:黒
家出をして上京後、原宿“キング・コング”を経て“クリーム・ソーダ”勤務。
'80年に勝新太郎監督・主演の刑事ドラマ「警視-K」に出演。
煙草はキャメルを吸っている(写真が残されている)。

★ 覚田修(ヴォーカル&サックス)
'53年9月3日生
出身地:富山県、血液型:A、身長:160cm、体重:75kg、好きな色:黒
少年時代からニックネームはオットー。
R&Rカフェ“怪人二十面相”のバーテンを経て“クリーム・ソーダ”勤務。

★ 久米良昌(リード・ギター)
'63年11月30日生
出身地:岐阜県、血液型:A、身長:170cm、体重:53kg、好きな色:黒
ドラムの久米浩司は兄。
幼少時からギタリストになる夢を持ち小6の時に初めてギターを買ってもらう。
ギターとバイクに夢中で高校2日目に中退。
BC脱退後兄浩司と共にB・A・T結成。

★ 片桐孝(サイド・ギター)
'55年8月16日生~?
出身地:千葉県、血液型:O、身長:175cm、体重:58kg、好きな色:青
“怪人二十面相”のバーテンを経て“クリーム・ソーダ”勤務。
好きな食べ物はサラダ。
柔道の経験有。

★ 久米浩司(ドラム)
'62年5月29日生
出身地:岐阜県、血液型:A、身長:174cm、体重:56kg、好きな色:赤
矢沢永吉のコンサートでボディ・ガードの経験有。
'90年代にはMAGICの一員として音楽シーンの第一線で大活躍。

★ 陣内淳(初代ウッド・ベース)
'61年7月28日生
出身地:神奈川県、血液型:A、身長:183cm、体重:68kg、好きな色:黒とピンク
中学時代棒高跳びで全国優勝の経験有。
他にもバスケット・ボール、体操、空手初段とスポーツ万能。
17歳の時バイクでトラックと衝突して肋骨を7本折る大事故に遭う。

★ 中村元(2代目ウッド・ベース)
'61年2月11日生
出身地:北海道札幌市、血液型:O、身長:187cm、体重:68kg、好きな色:白
“クリーム・ソーダ”札幌店勤務以前はハード・ロック・バンドのギタリストだった。


 (ブラック・キャッツの主な活動

1981年
? 月 原宿の50'sショップ“クリーム・ソーダ”で結成。
7 月 シングル「ジニー・ジニー・ジニー」でデビュー
8 月 “青山ベルコモンズ”で1stライヴ
9 月 2ndシングル「シンガポール・ナイト」発売
   1stアルバム『Cream Soda Presents』発売
12月 3rdシングル「ランデブー」発売
1982年
2 月 20日~27日、“クリーム・ソーダ”の社員旅行(米西海岸)
(2 月24日)ロサンゼルスの“China Club”でアメリカ初ライヴ(観客数4~500人)
3 月 2ndアルバム『Vivienne』発売
? 月 陣内淳が脱退
? 月 中村元が加入
6 月 Go Go'sのメンバーとマネージャーがガレッヂ・パラダイス東京に来店
7 月 4thシングル「うわさのラブモンスター」発売
8 月 18日~28日、アメリカ・ツアー(滞在は8月16日~9月1日)
(8 月16日)“China Club”(ミーティング)でTimothy Leary(下記参照)と初対面
       ロサンゼルスのFM局KXLUに出演
(8 月18日)ツアー初日“Culb Lingere”(観客数500人)、前座はThe Red Devils
       楽屋にTimothy LearyやLevi Dexterらが駆けつける
(8 月19日)新聞『L.A.Weekly』の取材(ライターはLevi Dexterの妻)
       新聞『Herald-Examiner』の取材 
(8 月22日)Go Go'sとのツアー開始“Heac-Edomonson-Pavillion”(観客数2万人)
(8 月23日)“Paramount Theatre”(観客数1万8千人)
       ポートランドのFM局KBOOの取材
       新聞『Willa Mate Week』の取材
(8 月25日)“Santa Cruz County Fair Grounds”(観客数9千人)
       プロモーターのギャラ持ち逃げ騒動(翌日発見)
       上記理由でサウンド・チェックもリハーサルもせず15分遅れで開演
       歌詞の“Fuck You”のせりふがキッカケで暴動寸前のライヴとなる
(8 月27日)“Santa Barbara County Bowl”(観客数6千人)
(8 月28日)BCのツアー最終日“Irvine Meadows Center”(観客数1万2千人)
(8 月30日)オフ日、映画『E.T.』を観て感動のあまりメンバー全員涙する
(8 月31日)テレビ『Entertainment Tonight』の取材
11月 5thシングル「I・愛・哀(ウェイティング・フォー・ユー)」発売
   3rdアルバム『Heat Wave』発売
1983年
6 月 全国ツアー開始
8 月 ベスト・アルバム『Cat's Street』発売
10月 11日、“中野サンプラザ”で“ピンク・ドラゴン”オープニング・パーティ
? 月 片桐孝、中村元、久米浩司、久米良昌が脱退

※ Timothy Learyティモシー・リアリー
LSDを世に広めるべくLSD実験を繰り返したためにハーバード大学を追放された元教授(臨床心理学者)で、'60年代サイケデリック革命の父として崇められた人物。
“チャイナ・クラブ”でスタッフとミーティングをしていたブラック・キャッツを見つけると、部外者(一般客)かつ初対面ながらいつになく嬉しそうにメンバーに握手を求めてきたそうです。写真集『BLACK CATS IN U.S.A.』の最後には、ティモシー・リアリーの文章(写真入り)が載せられています。

それと、上記年表の'82年8月19日の『L.A.Weekly』のライターがLevi Dexterの妻という記述は、写真集『BLACK CATS IN U.S.A.』のメンバーの日記によるもので、名前までは記されていませんが、取材のついでにリーヴァイ・デクスター(元Levi & The Rockats)からの伝言として“今までたくさんのロカビリーを聞いたけど、ブラック・キャッツが最高だ”とメンバーに伝えたそうです。リーヴァイ・デクスターの今の奥さん(Bernie Dexter)は確か若い頃からずっとモデルをしていたと思うんですが、新聞記者の様な事もしていたんでしょうか?それとも当時リーヴァイは別の人と結婚していたんでしょうか?あるいはブラック・キャッツ側の勘違い?この点もはっきり分からない所です。

■ 今回の無料動画はもちろんブラック・キャッツです。映像はベスト盤CDとアメリカ・ツアーのDVDがセットになった『Go! Cat Go! -Black Cats in U.S.A.-』からのもので、'82年8月18日にロサンゼルスの“Culb Lingere”で行なわれたツアー初日のライヴ映像です。
曲はブラック・キャッツもアルバム『Vivienne』でカヴァーした、Carl Perkinsの大ヒット・ロカビリー「Blue Suede Shoes」('56年全米2位) 。但し、ブラック・キャッツのヴァージョンはElvis Presley盤('56年全米24位)に近い感じでしょうか。

スピード感も抜群で誠ちゃんのヒーカップも冴え渡っていて最高ですね。誠ちゃんの歌う姿もやはりカッコいいです。このライヴ初日は、開演前の楽屋にレコード会社や雑誌社、新聞社の人間が入れ替わり立ち替わりやって来てかなり慌しかった模様で、メンバーはその対応で少々疲れ気味だった様です。にもかかわらず、最高のステージで観客を熱狂させる所はさすが我らがブラック・キャッツですよね。

それでは、ブラック・キャッツの伝説のU.S.A.ライヴから「Blue Suede Shoes」をご覧下さい。Go Cat Go !

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